人事評価の基本 |
第1講 人事評価とは何か
1.人事評価の定義
人事評価とはそもそも何なのでしょうか。端的に言えばヒトの評価です。ただ、単にヒトを評価するということであれば、「あの人はいい人だ」「人間としての器が大きい」といった総人格的なものから、「頭がいい」「運動神経がいい」「仕事ができる」といった能力的なもの、「明るい」「社交的」などの性格的なもの、「傲慢」「思いやりがある」などの態度的なもの、「直観的」「理屈っぽい」といった思考様式など、例を挙げればきりがありません。これらも、ヒトがヒトを評価するという意味では、人事評価に違いありませんが、このようにさまざまな視点から評価をすれば、個々人の評価はともかく、組織が人事制度の一環として評価を活用するとなれば不適切なことは明らかです。そこで、人を評価するにあたって一定のルールに基づいて実践しようとするのが人事評価です。一般に人事評価を定義すると次のようになります。
人事評価とは、一定期間の社員の業務遂行度や取り組み姿勢、または能力の高さを日常の職務行動を通じて観察し、分析・判定すること。 | ||
この定義には、押さえておきたいポイントが2つあります。1つは、人事評価は何を評価するのかという点です。それは、①業務遂行度、②取り組み姿勢、③能力、すなわち、業績・態度・能力評価の3つです。最近は、態度・能力評価の替わりにコンピテンシー評価を取り入れる企業も増えてきましたが、コンピテンシーは態度・能力と深く関連がありますので、基本的に中心となっているのはこの3つといえるでしょう。2つ目のポイントは、どうやって評価するのかという点です。それは、「日常の職務行動を通じて観察」するということです。これら2つから言えるのは、人事評価というのは、職務に関する要素(業績・態度・能力)を職務を通じて評価するものであり、対象者の人間性や人物像を測ったり、描いたりするものではないということです。その人の、ある一側面を判定するだけであり、それが高いから優れた人間であるとか、低いから劣っているわけではないのです。このことは評価者・被評価者双方とも肝に銘じておく必要があります。
ところで、人事評価と似た言葉に人事考課というものがありますが、人事に関する評価が人事考課なので、両者は同一視をして構いません。人事考課の方がなじみ深いのであれば、ここでは、人事評価を人事考課と読み替えていただければ結構です。
2.人事評価の目的
それでは次に、何のために人事評価をやるのかを考えてみましょう。パッと頭に浮かぶのは給料を決めるためということでしょうが、評価の目的はそれだけではありません。主な目的として、以下の4つがあります。
(1) 能力開発 |
これらを適正な実施に資することにより、さらに上位の2つの目的の実現を目指すといえます。これは人事制度そのものの目的といってもよいでしょう。
● モチベーションの向上 ● 組織目標の達成 |
3.能力開発目的の人事評価に必要な5原則
上記の4つの目的の中で、今日、最も重要となっているのが1の能力開発です。かつては査定目的が重視されましたが、近年は能力開発目的を最重視するのが一般的です。背景には、競争環境が激化するなかで、人材育成の必要性がこれまで以上に高まっていることがあります。ただ、言葉だけで能力開発目的をうたっても実が伴わなければ無意味です。能力開発のためには、人事評価において次の5つの原則を掲げる必要があります。
(1) 絶対評価 (⇔相対評価) (2) オープン評価 (⇔非公開評価) (3) プロセス重視 (⇔結果重視) (4) 分析的評価 (⇔総合的評価) (5) 加点主義 (⇔減点主義) |
カッコ内に相反する語句を示しましたので意味はつかめると思いますが、念のために簡単に説明しておきます。
絶対評価は、一定の基準をもとに評価をするものです。これにより、被評価者がどれだけ伸長したかを判断できます。人と人とを比べる相対評価ではそれができません。絶対評価のもと、社員全員が高評価になることが理想です。
オープン評価は、評価基準や手法を公開するのはもちろん、評価結果も被評価者に伝えるということです。自分がどのレベルにあるのかを知ることは、能力開発のスタート地点を明らかにすることですので極めて重要です。一歩進めると、被評価者が自ら評価をする自己評価という形となり、これも能力開発のために効果的な仕組みです。
プロセス重視は、評価制度において、能力や行動、コンピテンシーといった業績に至るプロセス要素を重要視するものです。なぜその結果となったのかというプロセスに焦点を合わせることで、より的確な能力開発が期待できるわけです。
分析的評価は、よくできた・できなかった、よく頑張った・努力不足だったなどの総評に終わらす、どこがよかったのか、また悪かったのかを分析していくということです。問題を具体化することで、課題も明確化できます。
加点主義は、悪いと点の指摘ばかりでなく、良い点をきちんと評価していくというものです。加点主義は2つの理由から必要性があります。1つは、減点主義だと減点を恐れてチャレンジをしなくなるからです。2つ目に、良いところを誉められればヤル気が出るからです。「あれはダメ、これはこうしなさい」ばかりでは息が詰まってしまいます。なお、加点主義が重要だからといって、減点主義的な考え方が不要というわけではないことに注意をしてください。組織である以上、規律やコンプライアンスが求められますし、品質・安全のためには作業標準などの順守も必要です。これらの評価はどちらかといえば減点主義に立つほうが適切でしょう。
第2講 適切な評価に必要な7つの「理解」
1.適切な評価とは
第2講では、適切な評価をするためには基本的に何が必要かという点を説明します。ところで、「適切な評価」とは何を意味するのでしょうか? いろいろな答えはあるでしょうが、やはり第一に、被評価者の真のレベルを評価結果として導き出すことが適切な評価と言えるでしょう。たとえば、能力評価において、Aさんが80点の能力をもっているのなら80点と、Bさんは60点ならば60点と評価するということです。
ところが、ペーパーテストのように正誤の判定基準が明確にあるわけではありませんので、どうしても評価者によりバラツキが出てきます。ある人はAさんを85点とし、ある人は70点とするわけです。もちろん、これらのバラツキは、なるべく減らすようにしていくことが大切ですが、人が人を評価する以上、完全になくすことは不可能です。
そこで、「適切な評価」として重要となるのは、被評価者の納得が得られる評価という視点です。判定された評価に本人が納得できれば、その評価を基に、能力開発をはじめとするさまざなな人事施策に活用されることに対してもコミットできるからです。もちろん、その前提として、真のレベルと評価結果とのギャップをできるだけ少なくする必要があることは言うまでもありません。見方を変えると、多少はギャップがあっても、被評価者にとって納得のいくものであれば、適切な評価になるといえます。
2.求められる7つの理解とは
それでは、被評価者の納得性を高めるためにはどのようなことが求められるでしょうか。基本的に必要なものとして、次の7つの「理解」を挙げます。
1.評価制度の目的の理解 2.評価制度の仕組みの理解 3.評価の基本知識の理解 4.マネジメントサイクルとしての理解 5.評価のルールの理解 6.面談のルールの理解 7.コミュニケーションの必要性の理解 |
以下、それぞれの項目を説明します。
1.評価制度の目的の理解
そもそも何のために評価を行うのか、その目的を正しく理解しておく必要があります。目的が不明確であったり、誤っていたりすると、期待する効果が得られないばかりか弊害が生じるおそれも出てきます。たとえば、評価の目的を社員を選別するためと管理者が言ったとしましょう。そのような発言に対して、多くの社員は評価制度に対してネガティブな感情を持ち、評価を通じて自己成長をしようといったプラスの気持ちにはなれないでしょう。社員間においては、足の引っ張り合いが起きるかもしれません。第1講で述べたように、人事評価には能力開発を柱として、いくつかの目的があります。これを理解すると同時に、評価はその達成手段であることを認識する必要があります。
2.評価制度の仕組みの理解
制度の中身を知らずに適正な評価をすることは困難です。たとえて言えば、よく知らない商品を販売するようなものです。評価というのは、社員の処遇や将来に大きな影響力を持ちます。評価される社員の身になって、自社の制度の基本的な仕組みはしっかりと把握しておくのは、評価をする者として当然の義務です。少なくとも、規程やマニュアルに書いてあることなら、質問を受けても答えられるようにしておきたいです(規程等を見ながらでも構いません)。「こんなこともわからない上司に評価されているのか…」と部下に不信感を持たれては、納得感など得られるわけはありません。
3.評価の基本知識の理解
人事評価には、評価する者が知っておかなければならない心構えや留意点などの基本知識があります。その多くは言われるまでもない当たり前のことなのですが、実際の評価では、それが守られないことが多いのも事実です。目先の雑念にとらわれて、ついつい根本的なものをなおざりにしてしまうのです。人を評価することの責任の大きさを認識の上、これらの基本知識をしっかりと頭に入れておき、実践していく必要があります。
4.マネジメントサイクルとしての理解
いうまでもなく管理者の仕事はマネジメントです。マネジメントは、基本的にPLAN-DO-SEEのサイクルを回すことにより成果を上げていきます。人事評価はこのサイクルから切り離されて存在するわけではなく、その一環としてあります。つまり、部下の仕事ぶりを人事評価の観点からSEE(評価)するのです。したがって、ただ漠然と評価をしても効果的なサイクルを回すことはできません。「やること(PLAN)」と「どのようにやっているか(DO)」をきちんと把握することで、「やったことの評価(SEE)」ができるし、部下の立場から言えば、そのようにやってもらってこそ評価に納得できるのです。
5.評価のルールの理解
人事評価にはいくつかの基本的なルールがあります。これを理解せず、あるいは無視して評価をするのは、野球のルールを知らない人が審判をやるようなもので、公正な評価はまず期待できません。評価者研修などでは、この辺のルールを重点的に学習するのが一般的で、これをきちんと理解し実践するかどうかで、評価の適確性に大きな差が出ます。
6.面談のルールの理解
評価結果のフィードバックなど、評価制度に面談を取り入れる企業も増えてきました。社員の能力開発の面からは喜ばしいことです。ただ、面談をすればよいというものではありません。最終的に社員の納得性が得られるかどうかは面談の場にかかっています。手を抜いたり、いい加減に行ったり、高圧的な態度で行ったりしては、それまでの苦労も水の泡です。効果を上げるためには、まず、基本のルールや手法を理解しておく必要があります。
7.コミュニケーションの必要性の理解
結局のところ評価は人と人とが行うものなので、納得の得られる評価ができるかどうかは当事者の信頼関係の有無に大きく左右されます。誤解を恐れずにいえば、絶対的な信頼があれば多少おかしな評価であっても部下は納得してくれますし、逆もまた然りです。信頼関係を高めるには、人間性の面や仕事・業績の面など、さまざまな努力が求められますが、基本となるのは日常のコミュニケーションです。これをいかにうまくとるかがカギとなります。
これらの7つについて、どれだけ理解できているかは、評価者によって違いがあるはずです。また、理解だけではなく、当然ながらその実践も大切です。適切な評価=納得性の高い評価に向けて、どの項目の理解あるいは実践が不足しているか、評価者自身が振り返り、その向上を課題として認識する必要があります。
第3講では、評価をするにあたって評価者に求められる心がまえを説明します。心がまえとは、評価の前提となる基本的な考え方・姿勢のことであり、これらが欠如あるいは不足すると、どんなに優れた評価スキルを持っていても、適正な評価は期待できません。
内容を一言でいえば「部下に公平な態度で接する」ということになります。これは部下をもったときの心がまえでもあります。評価というのは、管理者の仕事のうち大きな要素を占めるものですので、それも当然です。えこひいきをしないという管理者の重要な資質は、適正な評価ができるかどうかにも大きく影響するといえるでしょう。
さて、評価者に求められる心がまえを、「○○してはいけない」という形で示すと次のようになります。
① 個人的な人間関係に左右されてはいけない |
以下、具体例を踏まえて説明します。
①個人的な人間関係に左右されてはいけない
例1)「あいつは気に入らないから悪い評価にしてやろう」
例2)「あいつは大学の後輩だから甘めにみてやろう」
評価者も人間ですので人に対する好き嫌いはあります。ですが、それを評価に持ち込んでは公正な判定は期待できません。気をつけなければならないのは、嫌いだから悪くつけようという意識はなくても、嫌いゆえにやることなすことが気に食わなくて、結果的に低評価になるケースです。これは、評価の心理的傾向(ハロー効果)の問題でもありますので、心がまえをしっかりと持つことに加えて、エラー対策も必要となります。
② 個人的な感情に左右されてはいけない
例1)「結婚したばかりだし、悪くつけるとかわいそうだから良くしてやろう」
例2)「あいつはこの前、俺にたてついたな。評価で仕返しをしてやろう」
個人的な感情が入ると、評価のメガネが曇りがちとなります。特に留意したいのは、評価に人情を挟んでしまうことです。人情味のある上司というのはすばらしいのですが、表面的な人情によって評価をゆがめてはなりません。あるがままの真の姿を評価するのが、部下にはありがたいものであり、本当の人情といえます。事例1のような思いやりは、評価以外の場で発揮をしてください。
③ 個人的な属性に左右されてはいけない
例1)「基準は満たしているが入社20年のベテランにしては物足りないな、低く評価しておこう」
例2)「A君は高卒だけど、よく頑張ってるな、大卒に比べて高い評価をしよう」
個人的な属性には、年齢、勤続年数、経験、性別、学歴等さまざまなものがあります。仕事の出来栄えというのは、個人的属性に大きく左右される面もありますが、ここで言いたいのは、評価は所定の評価基準に照らして行うものであり、個人的属性は排除しなければならないということです。たとえば、ある等級に対する評価基準があるとすれば、その等級の社員は、ベテランであろうと若手であろうと、大卒であろうと高卒であろうと、等しく同じ目線で評価をするのが原則です。特に、例1で挙げたように、年齢や経験などの属性は、評価のバイアスを生じさせやすいので注意が必要です。また、例2も結果的に相対評価となっており、不適切なことがわかると思います。
④ 漠然とした印象や根拠のない推察・直観で評価してはいけない
例)「いつも眠たそうだし、仕事もさぼっているに違いないから評価Dだ」
印象や推察といった不確かなことで評価してはいけないのは当然です。それが、誤っている可能性があるからです。一度でも「無実の罪」で悪く評価されたりすれば、被評価者は二度とその上司を信頼しなくなるでしょう。もちろん、正しい可能性もあります。よって、評価をするのであれば、その推察や直観の根拠を明確にすることが求められます。
⑤ 上位者の意向に左右されてはいけない
例)「あいつは専務が目をかけているから、悪い評価をつけるわけにはいかないな」
評価者は各自が独立して評価をするのが原則です。特に日常的に被評価者に接し、その仕事ぶりを目にしているのは直属の上司です。まずは、自分で責任をもって評価をするといのが筋というものです。組織においては、上司の意向をくみ取ることが重要になる場合もありますが、評価では不要と考えましょう。もちろん、自らの見解を表明したうえで、2次評価者である上司と話し合い、その意見に納得して従うのであれば問題はありませんが。
⑥ 評価の影響に左右されてはいけない
例)「本当はC評価だけど、文句を言われそうだからBにしておこう」
まじめな上司や気配り上手の評価者は、自分の評価が部下にどのような影響を及ぼすかを深刻に考えてしまいます。大きな影響を与えるからこそ、真摯に取り組まなければならないわけですが、影響結果を先読みして評価をしてしまっては本末転倒です。特に例で挙げたような、被評価者の反応によって評価を変えるといった情けない態度では、部下の信用をなくしていくばかりです。
⑦ 作為的な評価をしてはいけない
例)「あいつもそろそろ係長の年だな、昇格できるようA評価にしておこう」
これも⑥と同様に先を読んでの評価をすることですが、こちらは結果そのものを決めてしまうパターンです。心理的傾向でいうメーキングです。評価というのは、管理者に与えられた一種の権力(パワー)ですが、評価結果を処遇にどう反映させるかは、管理者が勝手に決めるものではありません。作為的な評価は越権行為ともいえます。言葉を換えると、管理者は評価には責任を持たなければなりませんが、評価の結果にまで直接的に責任を有するわけではありません。たとえば、評価が悪くて給料が下がったとしても、それは評価者の責任ではなく、そのような仕組みを設けている会社の責任です。もちろん、昇級や昇格に関して管理者の推薦を要するといった場合もありますが、これは評価制度と切り離して考える必要があります。管理者は、まずは部下を適正に評価することに専念することが大切です。
7つの心がまえを通じていえるのは、被評価者のあるがままを評価することの重要性です。目先の雑念にとらわれては、能力開発にしても適正な処遇にしても、評価の目的を達成できないからです。
上記の心がまえに対して、たまに、「そんな機械的で人間味のない評価はしたくない」とおっしゃる方がいます。では、人間味のある評価とは何かといえば、結局は評価者のさじ加減でどうにでもなる恣意的な評価となります。有能なワンマン社長のいる中小企業などで成立するケースもありますが、まず、普遍的な制度とするには無理があるでしょう。そもそも、被評価者にとって「人間的」なのは恣意性をなくす方ではないのかとも思います。そちらの方が、真に被評価者のために役立つといえるからです。
評価者には、折に触れ7つの心がまえに目を通し自覚を高めるとともに、評価シートを作成する直前に再確認をすることで、評価の的確性を向上させていくことが求められます。
第4講では人事評価の必要性を説明します。必要性はいろいろな観点から指摘することができます。たとえば、第2講で述べた目的を達成するためというのもその1つですが、ここでは、人事評価を行うことによる効果を示すことで、必要性を整理していきたいと思います。人事評価をすることで、組織や成員にどのようなメリットが与えられるか、逆に、制度がなければどういうことになるかをまとめていきます。特に、人事評価制度がない会社や、形骸化していて機能していない会社などに、これらの視点から必要性を理解していただければと思います。
人事評価の必要性として次の5つを指摘することができます。
① 社員のインセンティブとなる |
①社員のインセンティブとなる
インセンティブとは、組織構成員がモチベーションを高めるための誘因となるものです。代表的なものに高給やボーナスといった金銭的報奨がありますが、自分のやったことを正当に評価してもらうことも大きなインセンティブとなります。金銭的報奨は、インパクトは強いですが、刺激にマヒしてしまうのも早く、誘因としての効果を持続させるためには際限のないコストが必要となってきます。その点、評価は安心で、評価すること自体はタダですので、会社にとってはうれしいインセンティブ手法といえます。
ある会社では、提案活動や5S活動等に熱心なパートタイマーを月初の朝礼で表彰しており、彼・彼女らのヤル気を高めることにつなげているそうです。これもパートタイマーの取り組みをきちんと評価しているからといえます。もしも、頑張って成果を上げても、誰も認めてくれなくて、誉めてもくれないのであれば、多くの人は頑張ろうとはしなくなるでしょう。いわゆるモラルハザードが発生することは明らかです。もちろん、人事評価がなくても、成果を認める人はいますし、事例のような形で頑張りに報いることも可能ですが、人事評価を行うことで、全社的かつ体系的な取り組みができます。
②コミュニケーションの活発化ができる
当オフィスでは評価制度導入後にアンケートを取ることもありますが、「評価の効果」として、上司や部下とのコミュニケーションが深まったとする意見が多く挙げられ、企業によっては1位となるところもあります。
人事評価によりコミュニケーションが高められるというのには2つの要因があります。1つは、面談制度など、評価制度そのものにコミュニケーションを深めるための仕組みが存在することです。特に、評価制度に目標管理を導入すると、この効果は顕著です。目標設定面談、評価面談という主に2つの機会を設けるだけなのですが、お互いの話をじっくりと聞けてよかったとする人が多いのです。業種や職場の特性によっては、ほとんどコミュニケーションを取る機会がない会社・部署もありますので、またとない交流の場となるようです。
もう1つの要因は、適正な評価をするためには、上司と部下がコミュニケーションを取り合う必要があることです。能力評価や行動評価には、部下の観察が不可欠ですし、業績評価も部下の仕事内容をしっかりと把握しておく必要があります。そのため、評価制度の導入により、上司から部下に対するコミュニケーションは自然と増えてきますし、そうなれば、部下から上司へのコミュニケーションも必然的に増加します。
今日、コミュニケーション不足はあらゆる企業リスクの元凶になるといっても過言ではありません。そのように考えれば、コミュニケーション活発化は人事評価の最大の効果といえるかもしれません。
③適材適所が実現できる
企業にはさまざまな役割分担があり、与えられた役割をこなしていくためには、役割に応じた能力や適性が必要です。人事評価は、いろいろな側面からヒトの仕事レベルを判定するものですので、この社員にはどのような部署・職務が向いているのかをわかりやすく示してくれます。特に、人事評価は他者からの視点が主となりますので、本人が気づいていない適性を発見できることもあります。
次のような例があります。事務員のAさんは、口ベタで会議でもほとんど発言せず、朝礼でのスピーチを前日から苦痛に思うくらい引っ込み思案で、自分でも今のデスクワークが向いていると思っていました。直属上司のB課長は、部下の評価や能力開発に非常に熱心で、部下の仕事ぶりをよく観察していたのですが、Aさんには話相手を不思議と暖かな気持ちにさせる能力があることに気づきました。Aさんは、B課長の薦めで営業職に異動となり、しばらくするとトップクラスの成績を上げるようになったのです。B課長は、Aさんは大勢の前ではともかく、1対1では無類の対人関係構築力を発揮することを、評価を通じて見抜いたわけです。
このほかに職種だけでなく、マネジメントに向いている人、エキスパートに向いている人など、人材タイプも明確化できます。適材適所の実現には、本人の希望も大切ですが、評価制度に基づく客観性のあるデータを検討材料とすることも重要となります。
④目標に向かってやるべきことが明確になる
これには大きく2つの意味があります。
1つは、評価制度の仕組みの中に、やるべきことが示されている点です。コンピテンシーなどが典型例ですが、高業績を上げるための行動を明示し、そのような行動が見られるかどうかを評価するケースです。評価対象となる具体的行動が示されますので、社員は何をすればよいかが明確にイメージできるわけです。
もう1つは、評価制度の仕組みの中で目標を設定したり、実現のための取り組みを考えたりする点です。業績目標として目標管理を採用するときが典型例ですが、目標管理を導入しなくても、業績評価や能力・行動評価を進めるなかで目標を立てることができます。目標がはっきりしていればヤル気も高まりますし、目標があることで高いレベルの仕事を目指せます。
これらの活動は、社員独りでやるよりも上司と一体となって進めていくのが望ましい姿です。部下が適正な課題や目標を掲げ、実践・達成できるよう上司が指導・サポートしていかなければなりません。評価を評価に終わらせるのではなく、業績の向上や社員の能力開発に結び付けるためには、上司の支援は必要不可欠です。その意味で、効果を高めるために上司の努力が大きく左右するといえます。
⑤昇級・昇格の適格性・公平性・納得性が高まる
評価制度がなければ、多くの場合、昇級(上位の等級に移行すること)や昇格(役職が上昇すること)は経営者や上司の総合勘案的(もっといえば恣意的)な判断で行われることになります。誰もが納得のいく抜擢もあるでしょうが、仕事はパッとしないのに部長のお気に入りというだけの人が昇格するなどの「逆サプライズ人事」も起こるはずです。
このような運用の問題点は2点。1つは、仕事で結果を出すよりも、上司にいかに気に入られるかに腐心してしまうことです。極端な話、顧客よりも上司が大切ということになりかねず、業績に悪影響を及ぼす可能性さえ出てきます。もう1つは、昇級・昇格のために具体的にどうすればよいかが社員にわからないことです。つまり、上司によって評価ポイントが違っていたり、何を評価しているのかが不明であったりすれば、社員としても戸惑うばかりとなってしまいます。モチベーションにも大きな問題が生じることは明らかです。人材開発の視点に立てば、非効率的で、組織的な人材の底上げはまず期待できないでしょう。
評価制度があれば、客観的な昇級・昇格要件を定めることができ、そのような不透明さをなくすことができます。もちろん、評価そのものが適正に実施されることが大前提ですが、昇級・昇格の公平性を高める土壌ができることは確かです。
これらの5つがうまくいっていない会社を考えてみてください。
①社員のインセンティブとなるものが少ない
②コミュニケーションが不活発
③適材適所ができていない
④目標に向かってやるべきことが不明確
⑤昇級・昇格が不公平で納得性がない
何とも魅力に欠ける会社ではないですか。普通に考えれば、組織としてまともに存続できるとは思えません。少なくとも、成長していくのは難しいでしょう。適切な評価制度により、すべてが劇的にバラ色になるとまではいいませんが、着実な効果をもたらすのは確かです。
人事評価の導入がまだの会社はもちろん、導入済みの会社も、効果が発揮できているかどうかを振り返ってみてください。
第5講 人事評価の内容
第5講では、人事評価の内容を説明します。人事評価とは何を評価するのか、その中身のことです。これについては、第1講「人事評価とは何か」でも、少し触れましたが、人事評価の内容は一般的に業績評価、能力評価、情意評価の3つからなります。では、それぞれの中身をみていきましょう。
1.人事評価の3つの内容
(1)業績評価
業績評価は、期待される役割・仕事レベルに対してどれだけの実績を示したかを評価します。具体的な項目としては、仕事の量、仕事の質、売上高、利益、生産高、コスト削減額等が挙げられます。また、これらを含めて、目標管理上の目標達成度を、業績評価の項目に設定する企業も多いです。
業績評価は、具体例を見てわかるとおり、一定期間の仕事の結果を評価するものです。よい結果を出すには、能力があり、努力をし、外的な条件に恵まれることが必要ですが、業績評価にあたっては、通常、このような諸要素は考慮せず、あくまで残された実績のみで評価することになります。
業績評価はこのように結果の評価ですので、一定の数値を基準に評価することが多くなります。その方が客観的で評価しやすいからです。ただ、管理部門など、数値化しづらい部門もたくさんありますので、定性的な基準も用いられます。
(2)能力評価
能力評価は、担当職務を遂行するにあたって必要な能力をどれだけ有しているかを評価します。具体的には、知識・技術、理解力、判断力、企画力、指導力、交渉力等です。
能力には、仕事で顕在化した「発揮能力」と、顕在化したかどうかはともかく社員が持っている「保有能力」とがあります。保有していない能力が発揮されるとは考えられませんので、発揮能力は保有能力の1部分ということになります。保有はしていても、担当業務で使う場面がなかったり、使う意欲が不足していて、発揮されない能力もあるわけです。かつては、能力評価といえば、そのような保有能力も評価対象としていましたが、最近は、発揮能力のみを評価対象とすることが多いようです。その背景としては、かつての評価が、保有能力という目に見えないものを評価するのは困難なため、結局、年功的なあたりさわりのない評価に流れてしまったことや、社員へのフィードバックが行われるようになり、事実に即した説得力のある評価が必要となったことが考えられます。
能力評価の能力は、習得能力と習熟能力とに分けることもできます。習得能力とは、担当職務に関する知識や技能のことで、仕事を通じてだけでなく、仕事外の学習や練習によって高められる能力です。具体例は、専門知識や技術等です。習熟能力は、職務経験を通じて高められる能力で、具体例としては理解力、判断力、企画力等です。ざっくりと言えば、OFF-JTで獲得するのが習得能力、OJTで獲得するのが習熟能力となります。2つを分ける意味は、第7講の「人事評価の進め方」で説明をします。
(3)情意評価
情意評価は、業績を上げるためにどのような態度や姿勢で仕事に取り組んだかを評価します。具体的には、責任性、積極性、協調性、規律性等です。ときどき、情意評価イコール人格評価とする文献を見かけますが、これには賛同しかねます。確かに、人格の一部分を評価する側面がないともいえませんが、そのように大げさに考えるのではなく、あくまで仕事に対する取り組み姿勢のことと限定的にとらえる必要があります。ただ、情意評価の項目は、性格や性質と関わってくる部分が多いのは確かです。性格はなかなか変えられないといわれるように、能力に比べて伸長しにくい(させにくい)のも事実です。採用段階で企業が求める情意を備えた人を見極めることや、社員の情意に合った職務を割り当てることなども大切です。
2.3つに分ける理由
さて、以上の3つを評価対象とするのは、仕事というのは次のように分解して考えられるからです。
能力 × 情意 × 外部環境 = 業績 |
ここで、外部環境というのは、本人のコントロールできない事象のことで、いわゆる追い風・逆風を想定すれば結構です。すなわち、高い能力があり、強い情意があり、外部環境に恵まれると、高い業績が上げられるということです。
企業はしっかりと結果を残してこそ存続できるものですので、社員にも結果(=業績)を求めるのは当然のことです。したがって、業績を評価するのはごくごく当たり前のことといえます。しかし、業績だけを評価すればよいかといえば、そうもいえません。上記のように外部環境という本人が関与できない要素により、業績は大きく変動する可能性があるからです。有能な社員が一所懸命頑張ったにもかかわらず、運悪く逆風が吹いて低業績となり、ダメ社員のらく印を押されるのは不合理です。そこで、業績を出すための要素として、能力や情意も評価対象にしようというわけです。これにより、本人の能力開発に結び付けられるというメリットも生じます。
3.組織の立場による中身の違い
(1)ウェイトの違い
このように人事評価は、社員の仕事ぶりをバランスよく判定していくものですが、そのバランスには、組織における立場により違いがあります。部長や課長といった責任の大きい立場の者は、どうしても結果を求めらる割合が高くなります。すなわち、業績評価のウェイトが高まり、能力や情意のウェイトは低くなるということです。特に、管理職であれば、仕事への取り組み姿勢は、優れていて当たり前(そもそも低い人は昇進できない)ですので、情意評価のウェイトは低くなります。
同様に、一般職であっても、係長・主任クラスと新入社員クラスでは、ウェイトに違いを設けるのが普通です。
(2)職位による評価項目の違い
また、それぞれの評価項目が、組織の立場によって変わってくるのも当然です。たとえば、管理職に対して、責任性や規律性を求めるよりは、もっと他の経営者意識やコンプライアンス意識といったものを評価した方が適切であることは想像できます。
特に、能力評価の項目は、下表のように、上位職、中堅職、初級職で大きく変わるのが普通です。言葉を換えると、企業はそれぞれのレベルで高めてほしい能力や情意項目を設定すべきです。その際、個別バラバラに設定するのではなく、各項目になるべくつながりを持たせることが大切です。たとえば、下表では、
①まず初級職で理解力を育て、正確な理解ができるようにする
②次に中堅職でそれを生かして判断力を高め、適切な判断ができるようにする
③上位職でそれを前提に決断力を養う
というステップとなっていることがわかると思います。説明力等も同様です。このようにすることで、戦略的な能力開発が可能となります。
職位 | 求められる能力 | ||||
上位職 | 決断力 | 調整力 | 課題設定力 | 組織管理力 | |
中堅職 | 専門知識・技術 | 判断力 | 交渉力 | 問題解決力 | 自己管理力 |
初級職 | 知識・技術 | 理解力 | 説明力 | 創意工夫力 |
・上位のものが、より高度の能力となる
(3)部門による評価項目の違い
職位と同様に、仕事の種類が違えば、求められる評価項目も異なってきます。情意評価はそれほど変わりありませんが、能力評価や業績評価には相違点が結構あります。従来の職能資格制度における職能評価では、部門ごとの相違をあまり意識せず、全社共通のものを使用することもありましたが、最近の評価制度では、業績への連動が求められていることや、社員の能力開発の視点から、部門・部署ごとに設定することが多くなりました。特に、職務の具体的行動を評価するコンピテンシー評価制度では、その傾向が強調され、部門・部署ごとに有効なコンピテンシーを設定することが制度のカギになっているといえます。なお、コンピテンシー評価については、こちら(人事制度サンプル「コンピテンシー評価」)も参照ください。
第6講 評価のときに起こしやすいエラー
第6講では、評価の際に評価者が起こしやすいエラーとその対応について説明します。評価者の心理的傾向ともいわれるもので、人事評価に関するスタンダードな知識として、ぜひ知っておきたいテーマです。
1.エラーの種類
代表的なものに次の8つがあります。右部分は、上段に意味、下段にどのようなタイプに現われやすいかを記しています。
1.ハロー効果 | 一つ優れた(劣った)項目があると、他の項目も優れて(劣って)いると評価してしまうこと |
思い込みの強い上司、好き嫌いがはっきりしている上司 | |
2.寛大化傾向 | 実際よりも甘く評価してしまうこと |
部下に悪い点を付けたくない、部下からよく思われたいという「優しい」上司 | |
3.中心化傾向 | 評価が「普通」に集中してしまうこと |
部下の仕事がよくわからない上司、日頃観察をしていない上司 | |
4.対比誤差 | 自分と反対の特性を持つ人を過大または過少に評価してしまうこと |
仕事がよくできる上司、逆にできない上司、深い専門性を持つ上司 | |
5.論理誤差 | 複数の評価項目を勝手に関連づけて、同一に評価してしまうこと |
評価項目の意味内容をよく理解していない上司 | |
6.期末効果 | 直近の行動や印象で評価してしまうこと |
日常の観察・記録を怠っている上司 | |
7.近接誤差 | 時間的に近接している場合に、同様の評価をしてしまうこと |
評価を「作業」として片付けようとする上司 | |
8.メーキング | 最初から落としどころを決めて評価してしまうこと |
絶対評価・分析的評価の意義をよく理解していない上司 |
以下、簡単に解説していきます。
ハロー効果のハローとは英語のHalo(後光)のことです。1つよいことで何もかもが輝いて見える、あるいは、後光がまぶしくて、実態が正確に見えなくなってしまうといったニュアンスです。有名大学を出ているから、仕事もできるに違いないといったイメージ評価もハロー効果の一種です。
寛大化傾向は、非常に多く見られるエラーで、組織全体が寛大化傾向というケースもあります。長所をとらえて評価するのは非常によいのですが、悪い部分には目をつぶるというのでは困ります。特に、本人の能力開発の点から、克服すべき問題が隠れてしまって自己成長につなげられません。ときどき、部下のモチベーションのためにという理由で寛大な評価をする管理者がいますが、長期的には部下のためにならないことを認識すべきです。なお、これと真逆の厳格化傾向というのもあります。寛大化傾向に比べると少数ですが、もちろん、これはこれで問題があります。
中心化傾向も非常に多いエラーです。とりあえず、中庸にしておくのはヒトの心を落ち着かせるようで、真ん中の評価が8割を占めるような企業もあります。このため、4段階評価や6段階評価をすることで、中心化を排除しようとする組織も見られます。中心化傾向となりやすいのは、部下をよく見ていなかったときや異動したばかりで部下の仕事がよくわかないようなケースです。また、評価に無関心であったり、消極的な上司にも多い傾向です。
対比誤差は、自分と違うタイプや、自分が特に詳しいことに関して、厳しく評価するケースが多いです。自分の専門分野については、他者のアラがいつもより気になるのは誰しも経験すると思います。
論理誤差は、「規律正しいのだから責任性も高い」とか、「問題解決力が高いのだから専門知識も優れている」というように理屈づけ、本来別の評価項目を同様に見てしまうことをいいます。確かに、問題解決力と専門知識は相関が高いでしょうが、必ず一致するというものではありません。
期末効果は、わかりやすいエラーです。評価時期が近づくと頑張り始める帳尻社員が高評価を得たり、運悪く最後に失敗のあった間の悪い社員が低評価だったりすれば、制度への信頼性が崩れてしまいます。
近接誤差は、近接する時間内だと評価傾向が似てくることをいいますが、裏を返せば、時間が経つと評価傾向が異なってくるともいえます。たとえば、ある日にA~Cの3人の評価をしたところ辛目の評価であったのに、1週間後にD~Fさんの評価をしたときには甘くなったということです。これは、評価を始めたときは厳しかったけれど、段々と甘くなっていったいうように1日の中でも起きます。同様のことですが、評価シート上で近くにある項目が似たような評価になるというのも近接誤差の1つです。
最後のメーキングは、逆算化傾向ともいい、何か大きな失敗のあった社員を総合的に最低評価と決めつけるのが典型例です。あるいは、そろそろ昇格の年齢だからと、昇格要件を満たすよう調整するようなケースもあります。評価者の心がまえの講でも述べましたが、評価者がしてはならない越権行為です。
2.評価エラーの防止策
このようなエラーを完全になくすことは困難ですが、減らしていくことは可能です。そのための取り組みを説明しましょう。ここでは、エラー全体に対応するための取り組みと、個々のエラーに対応する取り組みを示します。
まず、エラー全体に対応するための取り組みは、次の3つです。
①自分の傾向をよく知ること |
①は、もっとも基本的で、もっとも有効な策です。まずは自覚が重要であることを強く認識する必要があります。自分の傾向を知るには、評価者研修のグループワークの中で確認をしたり、会社全体の評価結果を通じて把握することなどが考えられます。人事部門としても、評価者が自己の傾向を認識できるよう工夫をすべきです。全体傾向から見て偏った評価をしている評価者に対する、個別のフィードバックなどが有効です。
②は、さまざまなエラーを生み出す大きな原因となるものです。これが不足しているために、評価者が頭の中でのみの評価をしてしまい、エラーを生じさせるのです。ときどき、多忙の日常の中で人事評価のための観察などやっておれないという方がいますが、意識の切り替えが必要です。何も評価のためだけに部下を観察するのではありません。担当部署の目標達成のために、部下の仕事の様子を掌握するのは当然のことであり、適正マネジメントのための有効手段の1つと認識したいです。部下にしても、自分がしっかりと見られているとの意識があれば、評価に対する納得性も高まります。
③は、場当たり的な評価や歪んだ評価を防ぐのに有効です。部下のためにやっているのだとの信念があれば、改善してほしい点を厳しく評価をする「強さ」も持てます。この意識があれば、1度や2度、評価に納得してくれなかったとしても、やがて部下は理解を示してくれるはずです。
続いて、個々のエラー傾向ごとの対応です。
1.ハロー効果 | ・部下に対する先入観や特別な感情を取り除くことを心がける。 ・具体的事実に基づいた評価をする。 |
2.寛大化傾向 | ・部下の能力開発の観点から、「是々非々」の意識を高める。 ・部下の仕事内容をよく把握する。 |
3.中心化傾向 | ・部下の仕事内容をよく把握する。 ・部下に良い点、悪い点を率直に言える関係を築く。 |
4.対比誤差 | ・自分自身の特徴的な性格や考え方、強み弱みをよく認識しておく。 ・自分と異なるタイプの部下の評価には特に留意する。 |
5.論理誤差 | ・評価項目の定義内容をよく理解する。 ・評価の根拠となる事実があることをしっかりと確認する。 |
6.期末効果 | ・観察メモをきちんとつける。 |
7.近接誤差 | ・なるべく時間的な間を置かずに評価する。 |
8.メーキング | ・具体的事実に基づいた評価をする。 |
いずれも注意をしておけば、ある程度防げることは理解できると思います。結局のところ、これらを自覚をし、実践できるかどうかは、評価が管理者の重要な職務の1つであることを、どれだけ意識するかにかかっているといえます。
第7講 人事評価の進め方
第7講では、人事評価の進め方について説明をします。評価スキルの核となるテーマで、これを理解し、実践することが公正な評価につながります。換言すると、この実践がなければ、不適切な評価となる可能性が大きいということです。
人事評価は大きく次の3つのステップからなります。1は評価期間前に、2は評価期間中に、3は評価期間終了後にそれぞれやるべきことと位置づければよいでしょう。
<人事評価のステップ> |
1.評価項目・評価基準の把握
評価項目とは、業績評価における「仕事の量」「」仕事の質」、能力評価における「判断力」「知識・技能」、態度評価における「規律性」「積極性」等、評価対象となる個別の要素のことで、評価要素ともいいます。
評価基準は、文字通り評価レベルを判断する基準で、全評価項目を通じて共通のものであったり、各評価項目ごとに設定されたりします。
評価項目と評価基準は、いわば何をどうやって評価するのかということですので、当然ながら、これらを把握しておかなければ、評価ができません。
経験を積めば、どのような項目・基準があるのかが頭の中にインプットされるのですが、慣れるまでは、評価シートやマニュアルをしっかりと確認しながら進めていく必要があります。うろ覚えの状態のまま、評価するようなことは慎まなければなりません。特に、管理者になったばかりで評価が初めてのときは、月に1回試しの評価を行うなどして、項目・基準の把握に努めることも必要でしょう。
2.日常行動の観察・記録
続いて日常行動の観察・記録です。これが不足していると、さまざまなエラーを誘発してしまうことは、第6講にて述べたとおりです。ポイントとしては以下の5点です。
①よく見ること
これまで以上によく見るという意識で臨むことが、まず大切です。そして、部下に「しっかりと見られている」と思われれば上出来です。そのような上司が下す評価に対しては、納得性が高まるからです。
②具体的事例をメモすること
誰が、いつ、どこで、何を、どのようにしたかという4W1Hが基本ですが、具体化しすぎると、記述に手間がかかったり、整理が大変になったりしますので、後で思い出して被評価者に説明のできるようなメモで結構です。メモは、所定の様式があれば、それを使えばよいし、なければ手帳やパソコン等を活用すればよいでしょう。正直なところ、会社が作成した様式は、いろいろなことを盛り込みすぎて使いづらいものが多いので、自分の使いやすいように工夫することも大切です。
③悪いところだけでなく、良いところもメモすること
評価というと、どうしても短所ばかりに目が行きがちですが、長所をつかむことも忘れずにおきたいです。フィードバックの際、誉めるネタがたくさんあると、悪かった点も指摘しやすくなります。
④イレギュラー時の対応に特に着目すること
トラブルのとき、ものすごく忙しいとき、普段やっていない仕事を任せたときなど、非日常的な業務への対応時には、部下の実力・特性が表れやすくなりますので、その仕事ぶりを注意深く観察してください。イレギュラー時は評価対象事例の宝庫なのです。
⑤その場で誉めたり注意したりすることも忘れないこと
メモをとることとは別に、感じたことや気になったことで伝えるべきことは速やかに言う必要があります。これは評価とは直接関係はありませんが、管理者の基本として留意しておきたいことです。何か月も経過した後のフィードバックの場で、「あのときは○○すべきだった」と改善を求められても、部下にはピンと来ません。できるだけ時間を置かずに伝えるのが部下育成の定石です。
3.評価
ここでいう評価とは、観察・記録を振り返りながら実際に評価シートを作成する段階と考えてください。評価は、①行動・事実の選択、②評価項目の選択、③評価基準の選択、という3つの選択を経て行われます。
①行動・事実の選択
行動・事実の選択に際しては、以下のア~ウの3点に留意したいです。
ア.評価対象期間の行動・事実であること
まず、大前提として、評価対象期間内の行動・事実である必要があります。期間が4月1日からであれば、前日の3月31日にどんなに重大なミスがあったとしても、その事実を評価してはいけません。
イ.職務上の行動・事実であること
職務上に該当するのは、職務に関連する行動・事実です。基本的に就業時間内の出来事を想定すればよいでしょう。通常、残業や休日労働は含みますが、休憩時間は対象外です。判断にあたっての典型例を下記にまとめましたので、参照してください。なお、判断は一般的なものなので、会社のルールがあればそれに従うことになります。同一社内でバラバラにならないよう、考え方を統一しておくことが大切です。
行動・事実 | 判断 | 考え方 |
町内会長としてリーダーシップを発揮している | 対象外 | プライベートの行動・事実 |
終業後の酒の席で不埒な言動があった | 対象外 | プライベートの行動・事実。ただし、就業規則上の懲罰に該当する可能性あり |
休日に業務に関連する自己啓発をしている | 対象外 | その成果が業務に現れたときに評価すべきで、休日の自己啓発そのものは対象外 |
労働組合の委員長として抜群の交渉力を示している | 対象外 | 職務に関連する行動・事実ではない |
レクリエーションで、会社の命令で責任者を務め、成功させた | 対象 | 社命であるため職務上の事実と考えられる |
ウ.性格や人物像、憶測や噂で評価しないこと
行動や事実を選択するのは、評価の根拠を明白にして、上司と部下の双方が納得のできる評価をするためです。単なる印象となりがちな性格、人物像、タイプなどで評価してはいけません。また、憶測や噂も誤った評価の原因となりますので、評価をするのならきちんと裏付けをとる必要があります。
②評価項目の選択
取り上げた行動・事実を評価項目と照らし合わせて、もっとも近い要素を選択します。ここで重要なルールは、1つの行動・事実は1つの評価項目で評価するという原則です。これをしないとどうなるか? たとえば、「部下が遅刻をした」という事実に対して、
・A課長は、服務規律違反なので「規律性」で評価した
・B課長は、「規律性」に加えて、責任感が欠けているということで「責任性」でも評価した
・C課長は、「規律性」「責任性」に加えて、他者に迷惑をかけたということで「協調性」でも評価した
というように、評価者によってはいくつもの項目を適用し、結果として不公平な評価になってしまいます。こういった事態を避けるために、1つの行動・事実には1つの評価項目を適用というルールがあるのです。
ただ、この原則には次のような2つの例外があるとされています。
ア.評価項目グループが異なれば、複数適用してもよい イ.習得能力と習熟能力は、ダブルで適用してもよい |
アの評価項目グループ(評価項目群、シマともいいます)とは、業績評価、能力評価、情意評価という評価要素の大きなくくりのことです。これら、グループが異なれば、二重三重に評価することもOKということです。先ほどの遅刻の例でいうと、「規律性」(情意グループ)に加えて、「自己管理力」(能力グループ)、仕事の質(業績グループ)で評価するのも可となります。
イの習得能力と習熟能力については第5講で説明したところですが、復習をすると、習得能力とは知識や技術などであり、習熟能力とは仕事を通じて培われる判断力・問題解決力・交渉力などの能力全般を指します。この2つは重複しても構わないとされています。たとえば、機械のトラブルが発生したときに、専門知識により適切な判断ができたとすれば、判断力と知識の両項目を評価してもOKということです。
なお、会社によっては、これらの例外を認めていない場合もありますので注意をしてください。
③評価基準の選択
評価対象となる行動・事実と評価項目を選んだら、それがどの評価レベルに該当するかを決定するのが3つ目の選択です。手順としては、評価期間内に観察された個々の行動・事実をそれぞれ評価の上、総合的にプラス面とマイナス面を評価することになります。選択にあたっての留意点としては次の4つです。
ア.部下と部下とを比べて評価をしないこと イ.1つ飛び切り優れた(劣った)ことがあったとしても、それだけで高評価(低評価)しないこと ウ.評価期間をトータルで判断すること エ.能力・情意・業績はそれぞれ切り離して評価すること |
アは、絶対評価の実践ということです。相対評価をすると、フィードバックの際に納得のいく説明が困難になりますし、能力開発にも活かせません。
イは、ハロー効果に陥らないようにすることです。評価期間は半年や1年という長期に渡りますので、たまたま1度くらいは非常に優れた(劣った)行動が発揮されることもあります。これに引きずられるのではなく、恒常的にどうなのかを評価しなければなりません。
ウは、評価期間を通じて全般にどうだったかを判断する必要があるということです。たとえば、前半はCレベルだったけれど、後半は頑張ってAレベルを示した場合には、トータルで見て、B評価とするというようなことです。もちろん、実際の中身によってはA評価やC評価もありえますが、要はAレベルで終わったのだからA評価になると単純に考えてはいけないということです。もちろん、頑張ったことはフィードバック等を通じて誉めてあげるべ必要があります。また、業績評価で目標管理などを採用していて、期末の達成状況を評価するのであれば、この考え方は適用しませんので注意をしてください。
エは、よくあるケースなので特に留意したいです。「今年度は業績が悪かったから、能力・情意評価をよく付けるわけにはいかない」というのが典型例です。エラー傾向でいうメーキングです。業績は芳しくなくても、高い能力・情意が発揮されることは十分にあります。
4点から言えるのは、評価基準に基づいて評価をするという、ごくごく当たり前のことです。
評価基準は会社が作成したものに従うことになりますが、5段階評価での大まかな目安としては次をイメージすればよいでしょう。
S | 当該等級レベルを上回る優れた行動や事実によって、組織・他者へ多大な好影響を与えた |
A | 当該等級レベルとしては、優れた行動や事実が多く見られた |
B | 当該等級レベルとして、まずまず期待どおりであった |
C | 当該等級レベルとして、少し物足りないところがあった |
D | 当該等級レベルに期待する行動や事実が明らかに不足しており、組織・他者へ悪影響を与えた |
まずは通常レベルのBを、「可もなく不可もない仕事ぶり」「多少のミスはあったが、滞りなく業務遂行している状態」等、認識しておくことが大切となります。その上で、通常レベルではないが飛び切り優れて(劣って)いるわけでもないのをAC、ケタ違いに優れて(劣って)いるものをSDというように判定していきます。その際、特にB以外の評価については下記のように、なぜその評価になったのか、あるいは、なぜさらに上(下)の評価とならなかったのかを説明できるようにしておくと、納得性の高い評価ができます。
<評価理由の説明> ○○といった行動がよく見られ明らかに期待を上回ったのでA評価とした。ただ、××や××のときにも○○してほしかった。そういう意味でS評価には至らなかった。 |
人事評価の基準というのは、数値基準を除けば、どのような基準であっても、あいまいなところがあるのも事実です。ただ、常識的な評価をすれば、大きくずれることはそんなにはありません。的外れの評価となるのは、評価エラーやルールの理解不足など、個々の評価者のスキルに起因することが多いです。もちろん、会社としても、基準を明確化する努力は求められますが、評価者トレーニングや評価者ミーティングなどの実施によって、個々の評価者のスキル向上や基準イメージの統一を図ることが非常に重要となることを認識しておきたいです。
第8講(最終講) マネジメントの一環としての評価活動
最終講の第8講では、まとめとして、人事評価がマネジメントの重要部分を担っていることを解説します。これまで、評価に関する基本的な知識やスキルを確認してきたわけですが、これを踏まえて、管理者が自分の職務の中で、人事評価をどのように位置づけておけばよいかを整理するのが第8講の主旨です。第2講の「適切な評価に必要な7つの理解」において、マネジメントサイクルとしての理解を挙げ、簡単に説明しましたが、それ深掘りしたものと考えてください。
通常、評価者は管理者という立場にあり、管理者の仕事を一言でいえばマネジメントとなります。そのマネジメントの一環、構成要素の一つが人事評価です。マネジメントはPLAN-DO-SEEのサイクルを回すことが基本ですが、これを評価活動に置き換えると、PLAN⇒やることの確認、DO⇒どのようにやっているかの確認、SEE⇒やったことの確認、となります。
やることの確認とは、狭くとらえれば、業績目標や能力・情意評価における取組課題を上司と部下とで共有しあうことを指しますが、広くとらえれば、部下に期待する仕事内容(質・量)といえます。そして、どのようにやっているかの確認とは、個別の目標あるいは組織目標に向けての取り組み状況や進捗度合をチェックすることです。これは、日常行動の観察や日々のコミュニケーション、面接などを通じて行われます。やったことの確認とは、まさに評価ということになります。評価シートの作成をイメージすればよいわけですが、それだけに留まらず、結果をフィードバックし、本人に現状レベルを認識してもらうことも評価に含めるのもよいでしょう。これにより、再びPLANへとサイクルがつながることになります。また、より高い成果を得るために、一連のプロセスを通じて社員のモチベーションを高めることも管理者の大切な役割です(下図参照)。
上記のことから、次の2つの事柄を意識してほしいと思います。
1つは、評価は管理者の基本的な仕事の1つであるということです。もし、管理者が人事評価を余計な仕事だとか、ムダな仕事だとかとの認識をもっているのなら、それはマネジメントを余計だとかムダと言っているのと同じことなのです。「忙しくて評価なんかやっているヒマはない」と言う管理者は、「忙しくてマネジメントをする時間がない」と言っていることになり、マネジャーとしての責任放棄を宣言しているようなものです。
もう1つは、評価は、期末に評価シートを作成する作業だけでなく、日々の連綿とした活動から成り立っているということです。普段のマネジメントを通じて、やることの確認を積み重ねていくことが適正な評価の必要条件となります。これを意識し実践できれば、”評価のための評価”ではなく”マネジメントのための評価”、つまりツールとしての評価が可能となります。さらに言えば、何も「普段から人事評価をやらなければならない!」と強調せずとも、日々のマネジメントの中で、ごく自然に評価も実施していけるのです。評価はマネジメントと切り離して行うものではなく、マネジメントと一体となって行うべきものだからです。評価活動というある意味大変な作業を、意味のない徒労に終わらせるか、さまざまなメリットを生み出す有意義な作業に終わらせるかは、日常の心がけ次第ともいえます。
組織目標や職場目標の実現が管理者の使命であることに異論はないと思います。であるなら、そのためのツールである評価は、管理者の重要な仕事であり、決して片手間の仕事や余計な仕事ではないことうを理解してほしいと思います。
同時に、管理者の仕事の中に人事評価という職務が別個に存在するわけではなく、普段のマネジメントに組み込んで活用すべきものであることをぜひ認識してほしいと思います。